【大河ドラマ・豊臣兄弟!】別所長治(下川恭平)とは何者?三木の干殺しと壮絶な最期!妻・子孫・辞世の句は?年表 家系図

大河ドラマ
歩兵くん
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大河ドラマ豊臣兄弟の別所長治下川恭平さんが演じていますね

秀吉・秀長兄弟の前に立ちはだかる播磨三木城の城主です

豊臣秀吉
豊臣秀吉

あの若さで、見事な最期じゃった

三木城を2年も囲んだ干殺しは、わしの戦の中でも忘れられぬものじゃ

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それでは別所長治の生涯を年表、相関図とあわせてみてみましょう

別所長治の年表

別所長治。若くして別所家の家督を継承。

別所長治とはどんな人物だった?

別所長治べっしょながはる(演:下川恭平)は、播磨国(兵庫県南部)の三木城を本拠とした戦国武将で、東播磨を支配した別所安治の子です。通称は小三郎、官位は侍従と伝わっています。

父の死により、まだ十代の若さで家督を継いだとされ、実権は叔父の吉親重棟が握っていました。

別所氏は赤松氏の支流にあたり、家紋には「右三つ巴」を用いたと伝えられます。

左三つ巴。別所長治の家紋。

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別所長治はなぜ織田信長を裏切ったのか

当初、長治は織田方として羽柴秀吉(豊臣秀吉, 演:池松壮亮)の中国攻めの先導役を務めていました。

しかし1578年、このとき長治の叔父・別所賀相(演:田中美央)は、名門意識が強く、農民から成り上がった秀吉を気をよく思っていませんでした。

こうした感情的な対立に加え、毛利・本願寺との連携という戦略的な思惑も重なり、長治はついに織田からの離反を決断しました。

東播磨の国衆や、同じく信長に背いた荒木村重(演:トータス松本)もこれに呼応し、播磨の情勢は一変しました。

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別所長治を苦しめた「三木の干殺し」とは

織田から離反した長治は三木城に籠城し、毛利の援軍を待つ作戦を取りました。

しかし、「播州一の堅城」とも呼ばれた三木城は容易に落ちず、力攻めを避けた秀吉は、兵糧攻めに切り替えます。

秀吉は城下を焼き払い、三木城を支える支城を一つずつ攻め落として補給路を遮断。城を完全に孤立させました。これが、後世に「三木の干殺し」と呼ばれる凄惨な兵糧攻めです。籠城は約2年に及び、城内では多数の餓死者が出たと伝わります。

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この戦法は、秀吉の三大兵糧攻め(三木、鳥取、備中高松)の一つとして知られています

別所長治の壮絶な最期と辞世の句

援軍の望みが絶たれ、飢えに苦しむ城兵を前に、長治は最後の決断を下します。

1580年、長治は城兵全員の助命を条件に、自らと一族の命を差し出して開城。妻子や弟・友之、叔父・賀相らとともに自害しました。

長治の妻は名を照子と伝えますが、「信長公記」など同時代の史料に妻の名の記述はなく、丹波の波多野秀治の娘とする説や、備前の浦上氏の娘とする説など諸説あります。いずれにせよ、夫とともに最期を迎えたと語り継がれています。

このとき長治が詠んだとされるのが、有名な辞世の句です。

今はただ うらみもあらじ 諸人(もろびと)の
いのちにかはる 我身(わがみ)とおもへば

「今となってはもう、誰を恨むこともない。この身が、城内の多くの人々の命に代わるのだと思えば」という意味で、領民と家臣を救うために散った若き城主の覚悟がにじみます。秀吉もその潔い最期を称えたと伝わります。

三木城跡には辞世の歌碑と騎馬武者石像が建ち、命日の1月17日には、飢えた城兵が藁を食したという故事にちなみ、藁に見立てたうどんが振る舞われる法要が今も続いています。

別所長治。三木城前に立つ別所長治の騎馬武者像。

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別所長治の子孫・末裔は現在も残っているのか

壮絶な最期を遂げた長治ですが、その直系の子孫は途絶えたとされています。落城に際して妻子をはじめ一族の多くが運命を共にしたためで、長治の血筋は「現在」まで明確にはたどれません。

一方、織田方に残った叔父・別所重棟の家系は生き延びました。重棟は秀吉の家臣となって但馬・八木城主となり、その子・吉治は江戸時代に八木藩の藩主となりました。

しかし、1628年に参勤を怠ったとして改易されました。のちに一族は許されて旗本として存続し、宝永年間には子孫の別所常治が長崎奉行を務めました。

別所長治の子孫として語られるのは、この直系ではなく傍系の流れである点に注意が必要です。

別所長治を演じるキャストは下川恭平

大河ドラマ「豊臣兄弟!」で別所長治を演じるのは、俳優の下川恭平さんです。

2004年生まれ・北海道出身で、若き三木城主を演じます。劇中の長治は、織田信長に反旗を翻し、秀吉と対立する別所氏の当主として描かれます。

三木合戦は、播磨攻略を担う黒田官兵衛(小寺官兵衛、演:倉悠貴)にとっても大きな試練となります。なお、2014年の大河ドラマ「軍師官兵衛」でも、この三木の干殺しは官兵衛の視点から印象的に描かれました。物語では第21話「風雲!竹田城」から始まる播磨編の中で、三木合戦の行方が描かれていく見込みです。

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まとめ

別所長治は、織田を裏切った「謀反人」として語られがちですが、最後は妻子・家臣・領民の命を守るために自ら散った武将でもありました。

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