
戦国武将の多くはなにかしらの異名で呼ばれていたよ

戦国武将は個性が強いからのー

今回は戦国武将の異名を列挙していきます!
戦国武将の異名
第六天魔王
織田信長
天下布武で勢力を拡大した織田信長にピッタリの異名です。また、なぜ六番目かというと、第六番目の魔界が最も位の高い魔界だからといわれているからです。
三日天下、きかん頭
明智光秀
本能寺の変を起こして天下を取ったものの、豊臣秀吉によってすぐさま天下を奪い取られてしまったこのに由来しています。
独眼竜
伊達政宗
独眼竜の由来は中国の戦国武将に由来しています。また、伊達政宗は片目しかないことを嫌がっており、肖像画は両目にさせています。
日ノ本一の兵
真田幸村
大坂の陣での戦いぶりを評して名付けられました。ちなみに「日の本一の兵」を発案したのは大坂の陣に出陣していない島津義弘の子・島津忠恒。
東海道一の弓取り
今川義元
東海道一強い武将という意味です。今川義元は織田信長に敗れてしまいましたが、本当は優秀な武将でした。
笹の才蔵
可児才蔵
関ヶ原の戦いで最も首級を挙げたのは可児才蔵。才蔵は討ち取った首に笹の葉をくわえさせたことからこの名が付けられました。
三河武士の鑑
鳥居元忠
関ケ原の戦いの前哨戦にて、徳川家康に代わってわずかな兵で鳥居元忠は伏見城を守っていました。ところが、大勢の西軍に攻められて伏見城の城兵全員が討ち死にしてしまいました。これこそ最期の最期まで主君に尽くす「三河武士」といわれたことに由来しています。
副王
三好長慶
織田信長よりも前に畿内を制圧したことから名付けられました。
半将軍
細川政元
室町幕府のナンバー2。将軍と同じ位の権力を握っていたことからこの名が付けられました。しかし、政本はこの名を嫌がっていたといいます。
剣豪将軍
足利義輝
室町幕府13代目将軍。三好義継の軍に奇襲をかけられ際に、50以上もの敵をなぎ倒したことからこの名が付けられました。
槍系
槍の又左
前田利家
6mもある槍を使いこなしていたことから名付けられました。
槍弾正
保科正俊


戦国の三弾正といえば、攻め弾正の真田幸隆、逃げ弾正の高坂昌信、槍弾正の保科正俊
軍師
黒衣の宰相
太原雪斎、安国寺恵瓊、天海
主君の裏で戦略を練っていた人物のことです。太原雪斎は今川義元の軍師、安国寺恵瓊は毛利輝元の外交僧、天海は徳川家康の僧でした。
今孔明
竹中半兵衛
三国志に登場する諸葛孔明のように頭が良かったことから子の名が付けられました。
梟雄
北条早雲、松永久秀、宇喜多直家、津軽為信
下剋上武将といえばこの武将です。暗殺や謀略を使いこなし、戦国時代を生き抜きました。
動物系
〇〇虎


〇〇虎といわれた人物はとても多いぞ
尾張の虎、織田信秀
越後の虎、上杉謙信
相模の虎、北条氏康
甲斐の虎、武田信玄
肥後の虎、加藤清正


加藤清正は大地震が起こったときに豊臣秀吉を真っ先に助けにいったから
「地震加藤」ともいわれたぞ
肥前の熊
龍造寺隆信
太り過ぎていて馬にも乗れなかったほど。また、奇襲攻撃を受けた時には逃げれなかったといいます。
ハゲネズミ、猿
豊臣秀吉
小柄な秀吉の体型から織田信長によって名付けられました。小柄で人を安心させ易かったため、人から好かれたのかもしれません。
たぬき親父
徳川家康
徳川家康に向かって「たぬき親父」というものはいませんでした。
美濃のマムシ
斎藤道三
マムシは親の腹にいる子が腹を破ってでてくると信じられていたため、主君を裏切って頭角を現した斎藤道三にピッタリでした。道三もまた、子の義龍に謀反を起こされて亡くなってしまいます。
鬼系


猛将はとりあえず
「鬼」をつけておけばいいってとこがありそう
鬼柴田、柴田勝家
鬼五郎左、丹羽長秀
鬼武蔵、森長可
鬼玄蕃、佐久間盛政
鬼島津、島津義弘
鬼義重、佐竹義信
鬼の小十郎、片倉小十郎
不死身の鬼美濃、馬場信春
赤鬼、井伊直政
鬼の半蔵、服部半蔵
鬼若子、長宗我部元親
まとめ
戦国時代には本名で呼ぶことがタブーであったため、こんなにも多くのあだ名が生まれたのでないでしょうか。


ほとんどが「鬼」か「虎」
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