大河ドラマ「豊臣兄弟!」に登場する津川雄光。
「津川義冬」の名前でも知られる戦国武将で、織田信長の次男・織田信雄の家老を務めた人物です。
有名な武将ではありませんが、実はその最期は羽柴秀吉と徳川家康が激突した「小牧・長久手の戦い」につながる重要な出来事でした。
この記事では、津川雄光とはどんな人物なのか紹介します。
津川雄光の年表
| 年 | 説明 |
|---|---|
| ?? | 斯波氏の一族として生まれる。 |
| 1576 | 三瀬の変。 |
| ?? | 織田信雄から「雄」の字を与えられる。 |
| 1582 | 本能寺の変で織田信長が亡くなる。 織田信雄の家老となる。 伊勢・松ヶ島城を与えられる。 |
| 1584 | 羽柴秀吉との内通が疑われる。 主君・織田信雄により殺害される。 小牧長久手の戦いが始まる。 |
津川雄光の出自は?
津川雄光(演:早瀬栄之丞)は、もとは津川義冬といい、室町幕府で三管領を務めた名門・斯波氏の一族でした。
つまり津川雄光は、決して出自の低い武将ではありません。
その後、織田信長(演:小栗旬)に仕え、信長の次男である織田信雄(演:山脇辰哉)の家老として重用されるようになります。
さらに信雄から「雄」の一字を与えられ、津川雄光を名乗ったとされています。
信雄の家臣団の中でも重要な立場にいた人物でした。
津川雄光は秀吉との内通を疑われる
1582年、本能寺の変によって織田信長が亡くなります。信長の死後、織田家では後継者を巡る争いが発生。
羽柴秀吉が急速に勢力を拡大する一方、信長の次男・織田信雄も父の旧領を受け継ぎ、大きな勢力を持つようになります。
津川雄光は伊勢国の松ヶ島城を任されるなど、信雄から重要な役割を与えられています。
ところが、信雄と秀吉の関係が悪化したことで、津川雄光の運命も大きく変わることになります。
明智光秀(演:要潤)、柴田勝家(演:山口馬木也)を討った羽柴秀吉(豊臣秀吉, 演:池松壮亮)は、織田家内部で急速に発言力を高めていきました。
一方の織田信雄は、
「織田信長の息子である自分よりも、なぜ秀吉の方が力を持っているのか」
という状況になっていきます。
やがて両者の対立は決定的となりました。
この状況で信雄が疑ったのが、自らの家老である
の3人でした。
ただし、実際に3人が秀吉への寝返りを企てていたのかについては、はっきりしていません。
秀吉側が信雄の家臣団を分裂させるために仕掛けた謀略だったともいわれています。
津川雄光は織田信雄に殺害される
1584年、織田信雄は津川雄光・岡田重孝・浅井長時を長島城へ呼び出し、家老3人を殺害しました。
信雄からすれば、秀吉に寝返る可能性のある家臣を事前に排除したつもりだったのかもしれません。


別の家老の土方雄久が3人を呼び出して殺害したといわれています
しかし、この粛清は結果として大きな戦いを招くことになります。
秀吉は信雄が家臣を殺害したことを理由の一つとして軍事行動を開始。
信雄も対抗するため、父・信長の盟友だった徳川家康(演:松下洸平)と手を組みます。
こうして、1584年に始まった小牧・長久手の戦いです。
その開戦までの流れを見ると、津川雄光ら信雄の家老が殺害された事件が重要なポイントになっています。
まとめ
大河ドラマ「豊臣兄弟」に登場する津川雄光(津川義冬)は、織田信雄の家老です。
名門・斯波氏の一族に生まれ、織田家に仕えた後、信雄から重用されて伊勢の松ヶ島城を任されました。
しかし、羽柴秀吉と織田信雄の対立が激しくなると、秀吉への内通を疑われます。
そして1584年、岡田重孝・浅井長時とともに信雄によって殺害されました。
この事件を経て信雄は徳川家康と手を組み、秀吉との小牧・長久手の戦いへ突入します。
津川雄光自身は歴史の表舞台に登場する機会の少ない武将ですが、その最期は秀吉と家康の直接対決につながる重要な出来事だったのです。
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